最高裁判所第一小法廷 昭和46年(オ)540号 判決 1972年6月15日
上告人
越智勝美
代理人
加藤澄蔵
沢栄三
被上告人
山野艶子
代理人
立入庄司
三上修
主文
原判決を破棄し、本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人加藤澄蔵の上告理由第四点および上告代理人沢栄三の上告理由第四点について。
原審の確定したところによれば、訴外島本秀次郎から本件家屋を賃借していた上告人は、昭和三六年二月二〇日、本件家屋の階下部分を被上告人に転貸したところ、その後島本から本件家屋を買い受けて賃貸人の地位を承継した訴外株式会社万成社は、同三九年一月二九日、上告人に対し、被上告人への無断転貸を理由に賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、さらに、被上告人は、同年六月二七日、万成社から本件家屋を買い受けてその所有権を取得したものであり、なお、右転貸につき、当時賃貸人島本が明示または黙示の承諾を与えた事実は認められないというのである。そして、右賃貸借契約解除の原因をみずから作り出した被上告人が、その事情を知りながら、後日本件家屋の所有権を取得し、右解除による賃貸借の終了を主張して、上告人に対し本件家屋二階部分の明渡を求めることは、信義則に反し許されない旨の上告人の主張に対して、原審は、被上告人が転借にあたり、賃貸人の管理人の了解を得てもよい旨を上告人に申し出で、上告人は被上告人がその責任で賃貸人の承諾を受けるものと考え、承諾の有無を確かめることなく転貸借契約を締結したこと、しかも、その後上告人において賃貸人側に転貸の事実を隠そうとする態度があつたものと窺われること、万成社が契約解除の意思表示をし、上告人および被上告人に対して立退を要求して、その交渉がなされる間に、万成社からの本件家屋買取り方の申出でを上告人が拒否したため、被上告人において、立退を免れるためやむなくこれを買い取つたものであることなどの事実を認定したうえ、被上告人において転貸につき賃貸人の承諾を得ることを上告人に確約したものではなく、承諾が得られなかつた責を被上告人のみが負うべきものではないし、被上告人が本件家屋を買い受けたのもやむなくしたことであつて、上告人に明渡を求める目的で故意に無断転貸の事実を作り上げたものと認めることもできないから、被上告人において、無断転貸を理由に賃貸借契約が解除されたことを主張し、上告人に対し所有権に基づき明渡請求をすることはなんら信義則に反するものはでない旨判示して、上告人の主張を排斥し、被上告人の反訴請求を認容したのである。
しかし、本件賃貸借契約の解除の意思表示は、被上告人が本件家屋の所有権を取得する以前に前所有者によつてなされたものであつても、被上告人は、契約解除の理由とされた無断転貸借の当事者であり、その後約三年の間転借部分を占有して、転貸借による利益を享受していた者であるから、被上告人が、所有権取得後一転して、右転貸借が違法な行為であり、これを理由とする賃貸借契約の解除が有効になされた旨を主張し、解除の効果を自己に有利に援用して、右転貸借の他方の当事者である上告人に対してその占有部分の明渡を求めることは、にわかに是認しがたいところというべきである。しかも、原審の前示認定によれば、被上告人は、転借に際し、自己が賃貸人側の了解を得てもよい旨を上告人に申し出で、上告人も被上告人がその責任で賃貸人の承諾を得るものと考えたというのであつて、上告人としては、被上告人の右の申出でを信頼したためにみずから承諾を得る努力をしなかつたものと考えられ、他方被上告人が承諾を得るためなんらかの手段をとつた形跡はないのであるから、たとい、右申出でが被上告人において承諾を得ることの確約ではなく、承諾を得なかつたことについて、上告人も一半の責を免れないとしても、むしろ主たる責任は被上告人にあるものということができ、したがつて、被上告人が、いまに至つて、本件転貸借につき賃貸人の承諾がなかつた旨を自己の権利を理由づけるために主張することは、信義に反し、とうてい是認しがたい態度といわなくてはならない。原判示のその他の事実も、被上告人の主張を正当ならしめるに足りるものとは解されない。してみれば、他に特段の事情のないかぎり、被上告人において、上告人に対し、本件家屋の賃貸借契約が無断転貸を理由に解除された旨を主張することおよびこれを理由として本件家屋の所有権に基づき上告人に対し占有部分の明渡を請求することは、信義則に反しまたは権利の濫用であつて、許されないものと解するのが相当である。
したがつて、原判決中被上告人の反訴請求を認容した部分は違法であつて、論旨は理由があり、また、賃貸借契約が有効に解除されたことを前提として、上告人の本訴請求を棄却した原審の判断も、失当に帰するものというべきである。よつて、その余の論旨についての判断を省略し、原判決を全部破棄して、さらに審理を尽くさせるため本件を原審に差し戻すこととし、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(藤林益三 岩田誠 大隅健一郎 下田武三 武岸盛一)